第1章 スーダンの多様な自然

1-1. 地形

1-2. 地質

1-3. 気候

1-4. 植生

1-5. 地下水

1-6. ナイル川

1-7. 青ナイル川

1-8. 白ナイル川

1-9. アトバラ川

1-10. ナイル川の中州

第2章 様々な水関連施設

2-1. ダム

2-2. 灌漑施設

2-3. ハフィール

2-4. 井戸

2-5. 浄水場

2-6. 海水淡水化施設

第3章 地方と都市の水事情

3-1. 地方給水

3-2. 都市給水

3-3. ミネラルウォーター

3-4. 漏水

第4章 各州の水事情

4-1. 北部州

4-2. 紅海州

4-3. カッサラ州

4-4. センナール州

4-5. 白ナイル州

4-6. 青ナイル州

4-7. 南コルドファン州

4-8. ダルフール地方(1)

4-9. ダルフール地方(2)

4-10. ダルフール地方(3)

4-11. 画期的なハワタプロジェクト

はじめに

参考文献

4-8 ダルフール地方(1)

ダルフールは2012年1月に西ダルフール州から中央ダルフール州、南ダルフール州から東ダルフール州が分離されるまで、北ダルフール州、西ダルフール州及び南ダルフール州の3州によって構成されていた。そのため、本章ではあくまでダルフール3州を対象に説明を行う。
専門家は、これまでスーダン15州の内、ダルフール3州を除く12州を訪問し、各種調査を実施してきた。ダルフール3州のみを調査できなかった背景は、この地域が所謂ダルフール紛争の激戦地であり、治安が極度に悪化していたことによる。そのような現状下、日本は2009年6月から「ダルフール及び暫定統治三地域人材育成プロジェクト」を開始し、専門家は調査の段階から関与してきた。そして、ようやく2011年12月17日から12月24日にかけて西ダルフール州と北ダルフール州の調査が承認され、現地に出向くことができた。ただし、南ダルフール州のみは治安が不安定であったことから、今回の調査対象州から除外された。
表1にはダルフール3州の全体概要を示している。この表からも明らかなように、ダルフール3州は日本の国土面積よりも大きな、約50.3万km²となっている。また、国内避難民が3州の全人口の27%(約229万人)に相当するのもダルフールの大きな特徴と言える。

表1. ダルフール3州の概要
指標西ダルフール北ダルフール南ダルフール合計/平均
面積(km2) 79,460 296,420 127,300 503,180
人口(人) 1,377,140 2,517,133 4,309,227 8,203,500
人口密度(人/km2) 17 8 34 20
家畜頭数 13,416,226 2,239,726 14,988,010 30,643,962
州都 エル・ジェネイナエル・ファシールニャラ-
州都の人口 199,543 360,735519,677 1,079,955
州都の標高(m) 805 730 673 736
ロカリティーの数 16 18 12 46
国内避難民(人) 1,368,531 394,381 524,010 2,286,922

4-8-1. ダルフールの自然

ダルフール3州の面積は日本の国土面積の約1.5倍もあり、しかも経度が15度以上東西で離れていることから、西ダルフールの州都のエル・ジェネイナはハルツームと比較して、約1時間の時差がある。このように広大な面積を有するダルフール地方には、スーダン最高峰のMarra山(3088m)やGulgei山(2351m)が域内にあることから、他のスーダン諸州よりも比較的降水量に恵まれている。ただし、北ダルフール州の殆どはサハラ沙漠の一部であり、まとまった規模の集落は殆ど発達していない。なお、Marra山の標高に関しては、3024m(ミシェラン地図、3042m(グーグル)等諸説あるが、本稿では「スーダン地形図」に記載されている3088mをMarra山の正式な標高として使用している。

4-8-2. 地形

写真1.Marra山頂に形成されている2つの火口湖 (出典:Google Earth)

ダルフール地方はスーダンの中で最も標高差の大きな地域となっている。スーダン最高峰のMarra山が3088mであるのに対し、北ダルフールの北部のサハラ沙漠は400m程度の標高となっている。スーダンに火山があることを知っている日本人は少数だが、このMarra山の山頂部のクレーターには2つの火口湖が存在している(写真1参照)。東側の火口湖にはクレーター内に発達した3つの谷が流入しているのに対して、西側の火口湖に流入する谷は見られない。したがって、東側の火口湖と西側の火口湖の水質は大きく異なっている可能性がある。なお、Marra山は現在噴煙を上げているわけではなく、最後に噴火した年代も紀元前2000年頃とされているが実態は不明である。アフリカ大陸の多くの火山はアフリカ大地溝帯の周辺に分布している。これに対して、Marra山は大地溝帯から西に2000km以上も離れた場所に位置する特殊な火山となっている。火山であることから、山麓周辺に温泉が湧出している可能性もあるが、正確な情報はなお不足しており、今後の継続的な調査が必要である。

Marra山は標高が3000mを超えていることから、周辺部よりも降水量が多くなっている。その結果、この山を中心に大小さまざまな水系が発達している。これらの水系は基本的にワディであり、雨季以外には表流水を有していない。また、水系は東西南北全ての方向に発達しているものの、大きくナイル川水系とコンゴ川水系に2分されている。ダルフールの水系がナイル川のみならず、大西洋に流出しているコンゴ川と地形上で合流していることは改めてスーダンの広大さを認識させるものである。なお、ダルフール3州の州都の内、西ダルフールのエル・ジェネイナだけは直接Marra山を水源とする水系に属しておらず、Gulgei山(2351m)を水源とするKaja川水系となっている。
表2にはダルフールを代表するMarra山系の7水系の特性を示す。また、図1にはそれぞれの水系の分布図を示している。これらの図表からも明らかなように、7つの水系の流域面積は14.8万km²となっている。また、最大の流域面積を有する西ダルフール州のKaja川水系のみで九州とほぼ同じ面積となっている。しかしながら、この水系は流域面積の割には年間降水量が少なく、単位面積当たりの年間降水量では7水系の内5番目となっている。逆に、南ダルフール州のSindo川流域は面積が小さい割には年間降水量が多く、単位面積当たりの年間降水量は最大となっている。

表2. ダルフールにおけるMarra山系の流域特性
No流域名
(ワディ)
対象州流域面積
(km2)
流域年間雨量
(百万m3/km2)
単位面積雨量
(百万m3/km2)
総合順位
  合計148,093 69,624 3.369 
1 Kaja 西ダルフール42,850 16,848 0 5
2 Azum 西ダルフール36,965 23,871 1 2
3 El Ku 北ダルフール28,000 10,395 0 6
4 Ibra 南ダルフール15,180 8,713 1 3
5 Howar Nile 北ダルフール12,211 2,656 0 7
6 Nyala 南ダルフール8,389 4,078 0 4
7 Sindo 南ダルフール4,498 3,063 1 1
 
図1.Marra 山系を主体とする代表的な水系の分布図
(出典:西ダルフール水公社)
  図2.Marra 山系における森林破壊の様子(出典:UNEP)

4-8-3. 地質及び水理地質

スーダンの西縁のチャドや中央アフリカ共和国との国境付近は、先カンブリア時代の片麻岩や片岩などの変成岩類とこれらを貫く花崗岩などの深成岩類からなる基盤岩で構成されている。西ダルフール州はほぼ全域がこの基盤岩分布域に含まれているものの、州都の郊外に一部ヌビア砂岩層が分布していることから、この付近で数多くの井戸が建設され、州都に導水されている。南ダルフール州では、州都であるニャラ付近の地盤は基盤岩で構成されているが、既存井はその南側の、バガラ・ベースンと呼ばれる地溝帯に堆積したヌビア砂岩層の分布域を中心に開発されている。なお、南ダルフール州南西部からヌビア砂岩層の分布域にかけては、白ナイル川の支流であるバール・エル・アラブ川の流域となっている。

アフリカ北部に広がるサハラ沙漠の南縁に沿っては、もともと草原地帯であったサヘル地帯と呼ばれる半乾燥地域が東西方向に帯状に広がっている。北ダルフール州の北半部はサヘル地帯と沙漠地帯にあたるため集落はほとんど分布しておらず、人口は州の南部に集中している。南西部の西ダルフール州との州境から州都のエル・ファシールにかけては、基盤岩の露出域となっているが、その周辺には南ダルフール州のバガラ・ベースンへと連なる帯水層が細長く分布している。しかも、地下水の賦存状況は南ダルフール州などと比較するとかなり限定されている。

図3.Marra 山の地質図(出典:西ダルフール州水公社)

図3にはMarra山周辺の地質図を示す。この山は山頂付近に火山灰が堆積し、その周辺に火口から流出した玄武岩質の溶岩が分布している。玄武岩から下流部は変成岩を主体とする基盤岩となっている。このように、Marra山は山頂及びその周辺に火山灰や玄武岩が堆積しており、このことは降水の地下浸透に貢献しているものと考えられる。
なお、南ダルフール州の水理地質を図4に、またダルフール全地域の水理地質図は図5に示す通りである。この図からも明らかなように、ダルフール地方は基盤岩地域とヌビア砂岩層の地域が明確に分かれている。特に北ダルフール州の北部地域にはまとまった集落は見られないものの、広大なヌビア砂岩層が分布していることから、将来的な地下水開発のポテンシャルが高い地域となっていることがわかる。

 
図4.南ダルフール州の水理地質図  図5.ダルフールの水理地質図
(出典:Hydorgeological Map of Sudan, Edition 1989 (S=1:2,000,000)"Water Resources
Assessment and Development Program in Sudan")

4-8-4. 降水量

ダルフール地方にはスーダン最高のMarra山(3088m)が3州のほぼ中央部に位置していることから、平野部と比較して降水量が多くなっている。Marra山頂の年間平均降水量は1000mmを超すとも言われており、これは平野部の約2倍に相当する。その結果、Marra山の存在はダルフール3州の飲料水供給、農業や牧畜に大きな恵みを与えている。

図6.ダルフール地方における降水量分布図
図6.ダルフール地方における降水量分布図(出典:RTS コンサルタント)

図6にはMarra山を主体とするダルフール地方の降水量分布を示す。この図からも明らかなようにMarra山を中心に降水量は周辺に向かって低下していることがわかる。特に、北部及び西部方面では年間300mm以下の地域が多くなる傾向にある。これに対して、西ダルフール州及び南ダルフール州では南下するにつれ降水量が増大し、平野部でMarra山から離れた地域であっても年間700mmもの降水量を有する地域が分布している。州都では北ダルフール州のエル・ファシールが300mm以下であるものの、西ダルフール州のエル・ジェイナや南ダルフール州のニャラは500mmを超える等値線で描かれている。

一方で、南ダルフール州の州都であるニャラでは1943年から2011年までの69年間の降水量記録が存在していたことから、その経年変化を分析した。その結果、1947年から1957年までは増減を繰り返しながらも降水量は増加する傾向が確認された。これに対して、1958年から1985年までは減少傾向が続き、その後2005年まで降水量は再び増加の傾向が続いている。そして、その後2011年まで降水量は減少傾向となっている(図7参照) 。なお、図6の等値線図は2000年代の降水量であり、その分増大した値となっている。

図7.南ダルフール州ニャラ市における年間降水量の変動

図8にはダルフール3州の州都における月別平均降水量を示している。それぞれの州都には降水量のデータが蓄積されているものの、今回北ダルフール州のエル・ファシールのデータを2003年から2005年までしか入手できなかったことから、他の州についてもこの3年間の降水量を使用した。この図からも明らかなように、北ダルフール州のエル・ファシールの降水量が最も低く、年間190mm程度となっている。これに対して、南ダルフール州のニャラの年間平均降水量は617.5mmとなっており、これは西ダルフール州の州都であるエル・ジェネイナ(550.7mm)より約67mm多くなっている。このようにダルフール3州はそれぞれの位置する環境により降水量が大きく異なっていることがわかる。

図8.ダルフール3 州の州都における月別平均降水量