第1章 スーダンの多様な自然

1-1. 地形

1-2. 地質

1-3. 気候

1-4. 植生

1-5. 地下水

1-6. ナイル川

1-7. 青ナイル川

1-8. 白ナイル川

1-9. アトバラ川

1-10. ナイル川の中州

第2章 様々な水関連施設

2-1. ダム

2-2. 灌漑施設

2-3. ハフィール

2-4. 井戸

2-5. 浄水場

2-6. 海水淡水化施設

第3章 地方と都市の水事情

3-1. 地方給水

3-2. 都市給水

3-3. ミネラルウォーター

3-4. 漏水

第4章 各州の水事情

4-1. 北部州

4-2. 紅海州

4-3. カッサラ州

4-4. センナール州

4-5. 白ナイル州

4-6. 青ナイル州

4-7. 南コルドファン州

4-8. ダルフール地方(1)

4-9. ダルフール地方(2)

4-10. ダルフール地方(3)

4-11. 画期的なハワタプロジェクト

はじめに

参考文献

3-1 地方給水

3-1-1. 全体概要

広大な国土を有するスーダンの地方給水について説明する場合には、雨季や乾季によって状況が変化するために、ある程度の期間をかけて各州を調査することが必要となる。これまで水供給人材育成プロジェクトにおいては、2008年より各州の研修ニーズを把握するために南ダルフール州と2012年1月に新たに分離した中央ダルフール州及び東ダルフール州を除き、14州の調査を実施してきた。本章においては水源別にスーダンの地方給水の特徴と課題を説明する。

スーダンの村落部における給水は実に多様であり、ハンドポンプによる点水源方式(レベル-1)、ポンプ揚水による共同水栓方式(レベル-2)、場合によっては各戸給水(レベル-3)を実施している村落もある。この他、遊牧民の多い地域ではハフィールと呼ばれる雨水貯水池を生活用水として利用している住民もいる。また、ナイル川等の年間を通して流量を有する大規模河川沿いでは古来より原水をそのまま生活用水として利用している村落も数多く存在している。全体的にスーダンの地方給水は既にハンドポンプのレベルを超え、動力ポンプ等を利用した給水システムに移行しつつある。しかしながら、施設や機材の品質、施設の維持管理と料金徴収、人材育成等の課題が山積している。

写真1.ハフィールの水場に集まる人々   写真2.長時間の待機による飲料水の確保
写真1.ハフィールの水場に集まる人々 写真2.長時間の待機による飲料水の確保

3-1-1-1. ナイル川の沿岸

スーダンにはナイル川本流、白ナイル川、青ナイル川、アトバラ川が国土の東部から北部に集中している。そして、これらの国際河川沿いには大小さまざまな集落が形成されており、一部の都市を除き多くの村落は河川水を生活用水として利用している。特に、雨季が始まる6月頃から青ナイル川やアトバラ川等エチオピアやエリトリアに水源を有する河川の水量と濁度は急激に上昇し、粘土やシルト分を含んだ水は茶褐色となってスーダンに流入する。その結果、都市部に建設されている最新の浄水場さえその限界を超え、ハルツーム等の大都市でもこの時期には水道水が黄濁する。ただし、都市部の住民は塩素滅菌された「安全な処理水」を利用できるだけでも恵まれていると言える。

これに対して、沿岸の小規模村落では直接川岸に出向き生活用水を確保している。河川水には人や家畜の排泄による大腸菌や一般細菌あるいは農薬及び下水等による危険な物質が含まれている。しかしながら、周辺住民は他に飲料水確保の選択肢がないこと及び子供の頃から当然のように利用しているために「この川の水は味がいい」と自慢さえしている。

ただし、カッサラプロジェクトでパイロット事業を実施している、ワドエルヘレウ地区にはアトバラ川沿いの沖積層に天然の凝集剤が存在し、周辺の住民は固結した粘土を粉末にして原水に加えて、濁度を抑えている。その結果、時間の経過とともに凝集沈殿が始まり上澄み液は透明になってくる。専門家はこの粘土を日本で分析したが、残念ながら不純物の凝集を大幅に促進させるような有効成分は検出されなかった。

写真3.河川での水汲みの様子 写真4.作業中に河川の水を飲む少女
写真3.河川での水汲みの様子 写真4.作業中に河川の水を飲む少女
写真5.青ナイル川からの取水 写真6.取水用エンジンポンプ
写真5.青ナイル川からの取水 写真6.取水用エンジンポンプ

3-1-1-2. 地下水利用

ナイル川他から離れた村落においては生活用水確保の手段として井戸が不可欠となる。しかしながら、この井戸を建設するためにはコストがかさみ、村落住民の負担で完成することは困難である。また、井戸にはそれぞれの深度に応じた揚水用のポンプが必要となる他、商用電源が整備されていない村落では発電機やソーラーパネルが動力源として必要となる。

スーダンではヌビア砂岩層と呼ばれる豊富な帯水層が広く分布している。この帯水層が存在する地域では確実な井戸の建設が可能であるものの、掘削深度が深くなりハンドポンプ等の簡易で低コストの給水施設には不向きである。また、一部の地域では帯水層が淡水ではなく塩水化している地域もあり、スーダンでは数多くの井戸が塩水のために放棄されている。これに対して、ハンドポンプは主に岩盤地帯に建設されており、その深度は50m以内となっている。一般的に岩盤地帯での地下水開発は困難であり、スーダンではほぼ30%の井戸成功率となっている。また、スーダンではハンドポンプの設置されている井戸の寿命は短く、南コルドファン州では井戸完成後3年以内に80%の施設に不具合が発生しているとの報告もある。

通常、定期的な改修工事が実施されている井戸の寿命は50年近くになるが、適切な対応が実施されなければさらに短くなる。また、井戸に問題が無くてもポンプや発電機が故障している場合もあり、日常のメンテナンスが不可欠となる。しかしながら、スーダンの村落部における給水率はこのような不具合を考慮せず、1本でも井戸が完成すればその村落の給水率は100%としてカウントされている。これは実態と乖離しており、この問題を解決するために現在水供給人材育成プロジェクトでは州水公社スタッフの調査能力やデータ分析能力向上を促進している。

写真7.稼働中のハンドポンプ  写真8.使用停止のハンドポンプ
写真7.稼働中のハンドポンプ 写真8.使用停止のハンドポンプ
写真9.保護されていない井戸 写真10.危険な配線が見られる制御盤
写真9.保護されていない井戸 写真10.危険な配線が見られる制御盤

3-1-1-3. 雨水利用

スーダンでは雨季が7月から9月にかけて発生し、この期間に茶褐色の大地は急激に緑の草原へと変化する。ただし、ハルツームよりも北の地域では絶対的な降水量が少ないことから、このような大地の変化は少ない。これに対して、スーダンでは南部あるいは東部に移動するにつれ降水量が増大し、このような地域にはハフィールと呼ばれる雨水貯水池が数多く建設されている。ハフィールの規模は大小さまざまであり、大きな施設であれば年間を通した利用が可能となる。ただし、ハフィールは住民の他家畜や動物の水飲み場となっており、糞尿で常に汚染されている。

一方で、スーダンには青ナイル州や南コルドファン州のように年間降水量が600㎜を超え、しかも雨季の期間が比較的長い地域も存在する。このような地域における雨季中の飲料水確保は雨水が主体になる。これは雨季の期間中には地方部の未舗装道路が泥濘状態となり、アクセス不良による発電機用の燃料調達が困難となるためである。日本は緊急支援プロジェクトで青ナイル州の小中学校に対して雨水利用施設を建設した。これらの学校にはこれまで飲料水を確保する施設がなく、仮に雨季の期間中のみではあっても多くの児童生徒や教職員が校内にて生活用水を確保できるようになった。ただし、この施設はあくまでも雨季の期間中のみしか利用できないことから、当然なことながら恒常的な飲料水の確保が次に実施されなければならない。

写真11.ハフィールの水を汲む住民  写真12.一斉にハフィールの水を飲む住民
写真11.ハフィールの水を汲む住民 写真12.一斉にハフィールの水を飲む住民
 
図1.青ナイル州の小学校に建設された雨水利用システムの概念図  写真13. 青ナイル州における雨水貯水槽

3-1-1-4. ウォーターヤード

スーダンでは井戸を水源とした一連の給水施設をウォーターヤードと呼んでいる。この施設には通常、井戸、発電機及びポンプ小屋、高架タンク、フェンス、共同水栓及び家畜用水飲み場が含まれている。ウォーターヤードはスーダンの各地に建設されているものの、施設や機材及びこれらの維持管理には様々な問題が発生している。具体的には、大量に調達された中国製の発電機(どの機種も共通して故障が多発)、電気の基礎知識不足によるポンプ制御盤の危険な配線、高架タンクや主要配管からの漏水、共同水栓に設置された蛇口の盗難と故障、井戸に隣接した共同水栓や家畜水飲み場での排水不良による汚水の水源井戸への浸透、汚水溜めの悪臭とマラリア蚊等の発生である。この他、高架タンクが周辺集落よりも低位置に建設されているために住民がハンドポンプと同様に水源まで水汲みに来る必要がある等の設計施工上の問題も発生している。

写真14.典型的なウォーターヤード 写真15.汚水に溢れた水場で飲料水を確保
写真14.典型的なウォーターヤード 写真15.汚水に溢れた水場で飲料水を確保
写真16.故障が頻発する中国製発電機 写真17.故障と盗難の多い共同水栓の蛇口
写真16.故障が頻発する中国製発電機 写真17.故障と盗難の多い共同水栓の蛇口

3-1-1-5. ウォーターヤードの改修と新たな地方給水事業の展開

2008年から開始された水供給人材育成プロジェクトにおいては、給水施設コースと井戸管理コースを通して、地方給水の支援を実施してきた。そして、現在白ナイル州とセンナール州をパイロット州に選定し、この州において専門家による井戸改修に関する技術移転を実施している。また、2009年から開始された「ダルフール及び暫定統治三地域人材育成プロジェクト」では、ダルフール3州の既存井戸の改修をパイロット事業で実施してきた。さらには、2011年より開始された「カッサラ州基本行政サービス向上による復興支援プロジェクト」の給水分野においては日本人専門家が直接井戸改修方法や物理探査による地下水開発の技術移転を展開している。

これらのプロジェクトにおける井戸改修に共通する成果としては、改修前と改修後に井戸の揚水量が改善し、しかも改修前よりも水位が上昇することである。また、一部の井戸においては水質の改善も見られた。この他、井戸カメラで改修前後の洗浄の違いを診断できることにより、カウンターパートの井戸建設に関する意識も大幅に向上した。しかしながら、既存井戸のみの改修では住民への裨益効果が低いことから、現在は井戸改修と並行してウォーターヤードの改修や配管の拡張工事も実施する方向になってきている。

一方で、改修されたウォーターヤードの維持管理に関しては課題が山積しているものの、日本人専門家はこれまで他のドナーやスーダン関係者が余り関与してこなかった「水源を汚染せず、村の自慢となるウォーターヤードへの転換」を目指している。具体的には、家畜水飲み場を水源から離れた場所に建設すること、共同水栓の排水を有効利用した小規模農園の建設、フェンス内部の植栽による周辺からのゴミや砂塵の侵入防止、緑豊かになった敷地内に住民の憩いの場となる施設の建設等を検討している(図2参照)。今後このような具体的なアイディアが実施されれば、ウォーターヤードが従来の非衛生でしかも水汲み以外には住民が近寄らない迷惑施設から、村落住民の誇りとなる共通財産へと見違えるように変化することになるであろう。

写真18.ウォーターヤードの改修の様子  写真19.植栽を開始した村落住民
写真18.ウォーターヤードの改修の様子  写真19.植栽を開始した村落住民
 
図2.ウォーターヤードの改修イメージ図 (七條原図)

3-1-1-6. 地方給水の課題

スーダンの地方給水には様々な課題が残されており、これらの課題を解決するためにはある程度の年数が必要となる。例えば2013年1月にダルフールプロジェクトの現地調査で各種聞き取り作業が実施された。この中には実際に住民が使用している水使用量、水汲み時間、家族人数、既存の給水サービスに対する満足度等大変興味深い内容となっている。本来この種の基本的なデータは州水公社のスタッフが定期的に調査を実施しデータベース化する必要があるが、スーダンの多くの州では基本情報が殆ど整備されていない。

図3と図4には北ダルフール州のウォーターヤードを利用している村落に対して、水使用量と水汲み時間を調査した結果が示されている。これらの図からも明らかなように、全体の半数近くが1日あたり30ℓ以下の水使用量となっている。逆に100ℓを使用しているような大口の村落住民はゼロであった。また、水汲み時間に着目すると、1時間以上かけて水汲み労働に従事している割合は50%以上となっている。つまり、村落住民はウォーターヤードが建設されていても集落の周辺まで配管が延長されていないために多大な時間を水汲み労働に消費していることが明らかとなっている。

図3.北ダルフールにおける水使用量図4.北ダルフールにおける水汲み時間

一方で、スーダンの地方給水の課題を明確化するためには他国との比較がより効果的と考えられる。そこで、本章においては既に給水分野の援助を卒業しているモロッコとスーダンを比較した(表1参照)。この表においては、工事、機材調達、機材設置及びその後の維持管理の4つのステージを27項目に細分化した上で分析している。この表でポイントが1.0の場合には、政府、水管理委員会及び住民のいずれかが100%業務を実施していることを示している。
表1からも明らかなように、モロッコの場合政府が一連の作業に関与する割合は61.1%だが、スーダンの場合には91.1%と極めて高くなっている。このことからスーダンではモロッコよりも30%も多くの業務を政府が担当していることがわかる。逆に、モロッコでは水管理委員会の役割が20.4%、そして住民担当が18.5%もあるが、スーダンでは水管理委員会が関与するケースはゼロとなっている。また、住民の関与の割合は僅か8.7%となっており、将にこの点がスーダンの地方給水の最大の課題と言える。

表1.モロッコとスーダンとの地方給水事業の比較
No.工事・機材 項目モロッコ スーダン
政府 委員会 住民 政府委員会住民
合計16.55.55.021.002.0
割合(%)61.120.418.591.30.08.7
1工事関連井戸掘削1.0 1.0  
2井戸改修1.0  1.0  
3発電機小屋1.0  1.0  
4ソーラー1.0    1.0  
5タンク1.0  1.0  
6主配管0.50.5 1.0  
7共同水栓1.0  1.0  
8枝配管 0.50.51.0  
9各戸水栓  1.0  1.0
10機材調達井戸材料1.0  1.0  
11ポンプ関連機材1.0  1.0  
12発電機1.0  1.0  
13ソーラー 1.0  1.0  
14流量計(井戸元)1.0  0.00.00.0
15流量計(各戸)  1.00.00.00.0
16配管材料(主要)1.0  1.0  
17配管材料(枝配管) 0.50.51.0  
18タップ  1.0  1.0
19機材設置ポンプ1.0  1.0  
20発電機1.0  1.0  
21ソーラー1.0  1.0  
22流量計(井戸元)1.0  0.00.00.0
23流量計(各戸)  1.00.00.00.0
24維持管理料金徴収 1.0 1.0  
25燃料調達 1.0 1.0  
26部品調達 1.0 1.0  
27維持管理 1.0 1.0  
図5.モロッコの組織関与の割合図6.スーダンの組織関与の割合

モロッコでは小規模な村落においても水管理委員会が設置され、この委員会が維持管理の全責任を負うことになっている。これに対してスーダンでは料金徴収、燃料及び部品調達、施設や機材の維持管理に至るまで州政府が担当している。ここで、特に問題となるのが料金徴収の方法である。モロッコでは都市部のみならず村落部においても水道メーターを設置し、水使用量に応じた料金を徴収する制度になっているが、スーダンではハルツームでさえ水道メーターは設置されておらず、パイプの口径に応じた料金の徴収を続けている。この方法は実に不公平な制度であり、早急に改善する必要がある。ただし、全ての州がパイプの口径に応じた料金徴収を実施しているわけではなく、ゲダレフ州のみは水道メーターを設置したモロッコ同様な料金徴収を実施している。

3-1-2. カッサラプロジェクトの事例

3-1-2-1. カッサラプロジェクトの地方給水事業

(1)カッサラプロジェクトの狙い

「スーダン国カッサラ州基本行政サービス向上による復興支援プロジェクト(以下「カッサラプロジェクト」)」は計画、給水、農業・生計向上、母子保健、職業訓練の5つの分野でカッサラ州政府の能力向上を目指している。専門家チームはこの5分野に分かれて活動している。この活動は地域住民の生活が目に見えて向上し、紛争終結による「平和の果実」を実感することのできる「パイロット活動」を盛り込み、紛争の再発予防に配慮しているのが特徴である。このような狙いの下、2011年5月「カッサラプロジェクト」が開始された。

(2)ワドエルヘレウとバナード村でのパイロットプロジェクト

カッサラプロジェクトにおける給水チームのカウンターパートは、カッサラ州水公社(以下「州水公社」)である。州水公社は、かつて都市給水と地方給水の両方を担当していたが、現在は都市給水のみを担当している。しかし、ウォーターヤード等の地方給水施設を維持管理できない郡役場から、メンテナンスの要請が多く出されてきた。

そこで州水公社からの要請にもとづき、2011年度に州水公社と専門家チームは、カッサラ州のワドエルヘレウ郡の中心街(人口1.5万人)で、ウォーターヤードの改修により、住民および病院に対する地方給水パイロットプロジェクトを行った。さらに2012年度には、ギルバ郡バナード村(人口550人)において、太陽光発電によりポンプを稼働し、井戸水を汲み上げるパイロットプロジェクトを行った。これら2つのパイロットプロジェクトは、ウォーターヤードの改修工事(ハード)及び工事後の運転、メンテナンス、水道料金の決定、料金徴収等の運転維持管理の体制づくり(ソフト)から構成されている。後者については、関係法令、州知事の方針、州水公社の意向、郡長や住民の意見等を調整しながら実施した。

(3)地方給水に関する法律と州知事の方針

地方給水の施設建設とその維持管理に関する責任の所在について、州水公社と専門家チームの間で、水管理に関する法律とその実情、州知事の方針について話し合いを行なった。
"Law of Drinking Water Corporation, 1996, Kassala State Council"の中で、州水公社の役割は「カッサラ州の水インフラを計画・デザイン・建設し、経営・運転・改修を行う」、さらに「井戸、ハフィール等のインフラ設備を管理する」と記載されている。しかし、カッサラ州ではこの法律の記載に基づかず、ドナーやNGOがコミュニテイ単位で水インフラ建設・運転を支援したため、州政府はこれを追認し、「地方給水は地方の責任」とする方針が広く認知されるようになった。そのため、かつて都市給水と地方給水を管轄していた州水公社は、1995年以降、徐々に都市給水のみを管轄するようになり、地方給水は郡や村の管轄となっていった。しかし、水道事業の技術と経営経験を持たない郡や村では、給水施設を適切に運転・維持管理できないケースが多く見られるようになった。
このような背景の下、2011年にカッサラ州知事が「ウォーターヤード等の地方給水施設は州水公社に帰属する」とする方針を打ち出した。そのため、これ以降は州内のウォーターヤード等の地方給水施設の維持管理は州水公社の責任となっている。

3-1-2-2. 都市給水と地方給水の格差縮小

(1)都市給水と地方給水の格差

パイロット地区のワドエルヘレウ郡中心街は郡の行政・経済の中心地である。小都市部といえ、かつては7ヶ所においてウォーターヤードを運転していたが、パイロットプロジェクト開始時(2011年10月)には、どの井戸も稼動していなかった。ワドエルヘレウの住民はその原因を「ポンプの故障」と説明していた。しかし、根本原因は、設備の修理や交換を行う十分な資金の不足と考えられる。5年から10年後のポンプや発電機等の修理・交換に必要な費用の日ごろからの積み立てが、持続的な地方給水維持管理の実現には不可欠である。

今回のパイロットプロジェクトは、この7ヶ所のウォーターヤードの内、3ヶ所において改修工事を実施した。改修工事を行なう前は、1.5万人の住民全員が水質的に問題のある近くのシティット川の水を飲んでいた。また、地元の少年たちが家計を助けるため、川の水をロバ用のタンクで運んで各家庭に販売していた。2011年当時の「ロバの水売り」の値段は、1m³当たり15SDGであった。この水料金は当時の為替レート(20円/SDG)で換算すると、1m³当たり300円になる。日本は全国平均で1m³当たり約150円であり、ワドエルヘレウの人々は日本より高い水を飲んでいたことになる。さらに、郡役場によると1世帯あたりの平均月収は400~500SDGであり、後述の「パイロットプロジェクトの効果把握調査」によると1世帯が毎月137SDGを水料金として使っている。この支出は収入の約3割にあたる。
一方、カッサラ市内の都市給水の料金は定額制で世帯あたり月額20SDGである。ワドエルヘレウの住民は川の不衛生な水を購入するために、カッサラ市内の住民の約7倍の水料金を支払っていることになる。給水の質と価格に関する都市と地方との格差がこの事実に歴然と表れている。

(2)パイロットプロジェクトによる格差縮小

ワドエルヘレウのパイロットプロジェクトにより、一部の住民は改修された井戸から汲み上げられた水を飲めるようになった。水料金は1m³当たり5SDGである。この料金で電気、オイル、人件費等の運転費用と将来のポンプや発電機等の交換費用を賄うことができる。この水料金は、ロバの水売り価格(15SDG)の僅か1/3である。このパイロットプロジェクトにおける井戸改修により、ワドエルヘレウの住民は、安全な水を安価で飲むことができるようになり、都市給水との料金格差を大幅に縮小することとなった。

(3)格差が縮小する理由

ワドエルヘレウのパイロットプロジェクトにおける総費用は、74.1万SDGであった。その内、ポンプや発電機等の設備購入費が22万SDG、パイプライン等の建設費が 52.1万SDGであった。料金計算として、設備購入費22万SDGの減価償却費用等をコスト算入すると、1m³当たり5SDGでコストを回収することができ、将来的にも、ポンプや発電機等の設備を買い換えることができるようになった。しかし、建設費52.1万SDGは回収できない。建設費も回収できる水料金に設定すると、ロバの水売り価格と同程度の価格になる可能性がある。建設費を、住民負担ではなく日本側の負担とし、住民による「持続可能」な維持管理体制の構築が可能となることが、技術協力でパイロット工事を行う長所と言えるかもしれない。言い換えるなら、現状では「持続可能」な維持管理体制を構築するためには、ドナーやスーダン政府からの資金提供が必要となる。

3-1-2-3. 運転維持管理体制検討の枠組みづくり

スーダンの地方部には、郡長、副郡長を頂点とする「行政ライン」と、オムダ、シェイクというラインがある。オムダは村のトップであり、シェイクは村の地区長である(これを「伝統的ライン」とする)。

(1)伝統的ラインとの話し合い

州水公社幹部と専門家チームは2011年11月、ワドエルヘレウ郡役場を訪問し、両ラインと話し合いの場を持った。訪問当日、郡長は不在だったが、オムダ等の住民代表者が別件で郡役場を訪問していたため、話し合う機会を得ることができた。まず、オムダは「日本人が修理に頻繁に訪れるようになって数ヶ月たっている。大いに期待しているが、なぜ改修工事の着工が遅れているのか」と問いかけてきた。その質問に対し、専門家チームからは、パイロットプロジェクトの詳細について説明をした。まず、青年団代表から質問があった。「日本が工事を完了した後は、メンテナンスをどうするのか?」。専門家チームからは「工事は日本が行なうが、完工後は皆さんに引き渡しをするので、皆さんがメンテナンスをしなければいけません。そこで今回メンテナンスの方法、水料金徴収等の経営について話し合いに来ました」と説明し、協議に入った。 協議の中で、住民リーダーは「維持管理の方法等の内容については、適切なプロセスを踏んで、ワークショップ等で計画を立てる必要があるのではないか」と述べた。そこでこの話し合いの結果に基づき、州水公社と専門家チームは「住民説明会」と「ワークショップ」をワドエルヘレウ郡主催、州水公社・JICA チーム共催で開催することとし、改修後の運転維持管理体制について話し合い、最後にウォーターヤードの引き渡しを行う案を作成した。

(2)運転維持管理体制検討の進め方に関する行政ラインの同意のとりつけ

この協議の翌日、郡長、副郡長等の行政ラインの代表者と会い、前述の案について了解を得た。「行政ライン」と「伝統的ライン」の両方と話し合う機会を得ることにより、運転維持管理体制検討の進め方について、両ラインの合意を得たことは、当プロジェクトが一歩前進することに繋がった。

表2. 運営維持管理体制検討のプロセス
 実施日内容主催、共催
住民説明会2011年11月30日
1)副郡長
2)水公社からの挨拶とプロジェクト説明
3)住民との質疑応答
主催:ワドエルヘレウ郡
共催:水公社、
JICAプロジェクトチーム
ワークショップ
2011年12月から2013年2月にかけて4回開催
水料金の設定、料金徴収体制、
メンテナンス体制に関する話し合い
引き渡し2012年3月 

(3)連絡役が副郡長

現地・州水公社・専門家チームの連絡役を、副郡長とすることを郡長と合意した。副郡長が実務面で堅実な人物であることから、前述の案どおりに実施することができた。井戸の改修工事も予定通りに完了し、2012年3月21日から井戸水の給水を開始した。

写真20. ワドエルヘレウ住民説明会の様子写真21. ワークショップでのグループ討議の様子写真22. グループの発表と質疑応答の様子
写真20. ワドエルヘレウ住民説明会の様子写真21. ワークショップでのグループ討議の様子写真22. グループの発表と質疑応答の様子

3-1-2-4. パイロットプロジェクトの効果把握

2012年8月27日及び9月2日、パイロット活動の効果を把握するため、ワドエルヘレウ地域の住民約100名を対象として調査を実施した。井戸が改修される以前、この地区の住民全員が川の水を飲んでいた。井戸の改修工事が完了した2013年3月以降、一部の住民(2000~3000人)が井戸水を飲んでいる。これは水源の供給量に限界があるからである。本調査では、この井戸改修工事により「住民の水を汲みに行く時間」、「水代」や「病院に行く回数」の低減等、パイロット活動が最終受益者の暮らしに有益となったかどうかの確認作業を行った。まず、現在井戸水を飲んでいる2000~3000人の中から62人の住民を選び、次に今も川の水を飲んでいる住民から33人を選んでヒアリングをした。現在井戸水を利用している62名については、工事完了前後で水汲みに要する時間が1往復平均70分から13分へ、毎月の水代が平均137SDGから68SDGへ、病院に行く回数が月平均3.2回から2.1回へと減少していた。しかしながら、現在でも川の水を使用している33名のグループには、全く変化がなかった。つまり、この62名に関するヒアリング結果に現れた差異が、井戸改修工事の効果といえる。また、この効果が、例えば幼児の発熱による通院回数の増加や解熱のための水代の増額等、日常起こりうる偶然誤差の範囲であるのか、あるいは通常起こりえない稀なものであるのかを調べるために3月の工事完了前後の検定を行った。

この検定の中で、水汲時間、毎月の水代、病院に行く回数、それぞれにおいて、統計学的に有意な差を得た。例えば、水汲み平均時間の70分から13分(57分)への短縮は、t=14.74, p<0.001となった。これは57分の差が生まれる確率(0.1%未満)は極めて稀な確率であり、通常起こりうる偶然誤差の程度ではないことを示している。この結果から、井戸水の給水が水汲み時間の大幅な減少に効果的であったと判断することができた。また、この考察はワドエルヘレウ住民全体にある程度該当するものと考えられる。調査終了後、この結果をワドエルヘレウの郡長、副郡長、水委員会に説明した。その場で郡長から、さらにもう一つの便益があると示唆された。「これまで雨期になると、川の水かさが増え、川へ水を汲みに行った少年がおぼれ死ぬ事故が、毎年3件ほどあった。しかし、今年の水死事故はゼロであった」。このような事実からも井戸改修が、住民の望む暮らしの実現に貢献していると言えるのではないだろうか。

写真23. 住民へのインタビューの様子写真24. 井戸に水を汲みに来る子供たち写真25. 改修井戸の経営に関する
写真23. 住民へのインタビューの様子写真24. 井戸に水を汲みに来る子供たち写真25. 改修井戸の経営に関する

3-1-2-5. 地方給水維持管理モデル

以上の運転維持管理体制に関する住民との検討や運転の実行の経験から、地方給水の維持管理に重要な点は、①州水公社と郡・村・水委員会の協力により、州水公社の技術・経営の経験を地方給水事業に活かし、②州水公社が地元の人の運転維持の能力向上を図り、③水委員会が現地の要望を伝え、州水公社と協力して給水サービスを向上させ、④徴収した水料金収入で日々の運転維持管理と将来のポンプ・発電機等の交換費用を賄い、10年以上持続可能な維持管理を実現することであるとわかった。この認識にもとづき、ワドエルヘレウのパイロットプロジェクト地域では現在、井戸の維持管理を以下のとおり行なっている。

  1. 水料金設定、収支予想、事業計画、啓蒙活動等の経営については、郡・水委員会と州水公社が協力して行う。
  2. 毎日の運転維持管理、料金徴収、小規模メンテナンスは地元の水委員会の管理のもと、運転・メンテナンス担当者が行う。
  3. 州水公社はこの地元の運転・メンテナンス担当者が上記の仕事を円滑に行えるように、現地に技術者を常駐させ、技術的支援を行う。また、定期的に「運営維持管理研修」「財務研修」等のトレーニングを現地で行い、担当者の維持管理能力を向上させる。また、州水公社は漏水修理、パイプ更新、井戸・タンクの改修やポンプの交換等の大規模メンテナンスを行なう。さらに水質検査、機器検査、会計検査、盗水監視等のモニタリングを実施する。

これはカッサラ州地方給水のモデル1になる。モデル2は経営の主体が地元の村・水委員会となる。以上の役割分担について現在の実行状況と今後の強化のイメージ図は以下のとおりである。 「モデル1」はワドエルヘレウ中心街のような小都市部に、「モデル2」はバナード村のような地方に適用する。これを図示すると以下のとおりとなる。

表3. カッサラ州における地方給水維持管理の役割分担表
運転料金徴収小規模
メンテナンス
大規模
メンテナンス
トレーニングモニタリング経営
 ・バルブ開閉
・ポンプ運転
・揚水量調整
・水の販売
・料金徴収
・メータ読込
・エンジンオイル交換
・機器類点検
・揚水量確認
・漏水修理
・パイプ更新
・井戸改修
・タンク改修
・ポンプ交換
・O&M研修
・財務研修
・水質検査
・機器検査
・会計検査
・盗水監視
・水料金設定
・収支予想
・事業計画
・労務管理
・交換部品購入
・啓蒙活動
モデル1水委員会
(地元の運転・メインテナンス担当者)
水公社 水公社と郡・
水委員会が協力
モデル2 村・水委員会が主体
現在の実行状況と今後の強化  ○:現在、十分実行している、△→○:現在十分ではないので今後強化する必要がある 
 水公社   △→○△→○△→○ 
 運転・
メインテナンス担当者
△→○    
郡・水委員会      △→○
図7.カッサラ州の地方給水維持管理体制(イメージ図)