第1章 スーダンの多様な自然

1-1. 地形

1-2. 地質

1-3. 気候

1-4. 植生

1-5. 地下水

1-6. ナイル川

1-7. 青ナイル川

1-8. 白ナイル川

1-9. アトバラ川

1-10. ナイル川の中州

第2章 様々な水関連施設

2-1. ダム

2-2. 灌漑施設

2-3. ハフィール

2-4. 井戸

2-5. 浄水場

2-6. 海水淡水化施設

第3章 地方と都市の水事情

3-1. 地方給水

3-2. 都市給水

3-3. ミネラルウォーター

3-4. 漏水

第4章 各州の水事情

4-1. 北部州

4-2. 紅海州

4-3. カッサラ州

4-4. センナール州

4-5. 白ナイル州

4-6. 青ナイル州

4-7. 南コルドファン州

4-8. ダルフール地方(1)

4-9. ダルフール地方(2)

4-10. ダルフール地方(3)

4-11. 画期的なハワタプロジェクト

はじめに

参考文献

2-1 ダム

2-1-1. ダムの概要

図1. ナイル川流域の大規模ダム

スーダンには大小さまざまなダムが建設されている。ただし、これらのダムの多くはワディ(涸川)に建設された小規模ダムであり、目的も飲料水供給と灌漑が主体となっている。これに対して、現在青ナイル川、白ナイル川、アトバラ川及びナイル川本流に建設あるいは建設中も含めた大規模ダムがスーダンには6基存在する(表1及び図1参照)。ただし表1には参考のために、アトバラ川上流のエチオピアに建設されているTekezeダムの情報も示した。これら6基の大規模ダムの型式は5基が重力式コンクリートとロックフィルの複合ダムでRoseiresダムのみがパットレス・ロックフィルの複合ダムとなっている。


表1. スーダンの大規模ダムの概要
No ダム名 河川名 完成 目的 堤高 堤長 貯水量
(km3)
発電
(MW)
堆砂率
(%)
備考
Sennar 青ナイル川 1925 灌漑・発電・洪水対策 48 3,025 9 15 60 独立前にイギリスが建設
 Roseires 青ナイル川 1966 発電・洪水対策 78 24,410 7 280 34 2013年に18mの嵩上げ完了
Jebel Aulia 白ナイル川 1937 灌漑・発電・洪水対策 22 5,000 4 30 0 白ナイル川の水位調整も担う
Tekeze アトバラ川 2009 発電 185 710 9 300 不明 エチオピア領内
Khashm el Girba アトバラ川 1964 灌漑・発電・洪水対策 47 3,500 1 10 54 アトバラ水系最初のダム
Upper Atbara
and Setit 
アトバラ川 2016 発電・水道・灌漑 50-55 13,000 3 135 0 現在工事中
Merowe ナイル川 2009 発電 67 9,000 13 1250 不明 スーダン最大のダム

表1からも明らかなように、スーダンの大規模ダムは青ナイル川に2基、白ナイル川に1基、アトバラ川に2基、そしてナイル川本流に1基となっている。また、最も古いダムは1925年に建設されたSennarダムであり、このダムは主にゲジーラ州に広がる広大な農地に灌漑用水を供給するために建設されたものである。また、最も新しいダムは、2009年に完成した、Meroweダムである。このダムはナイル川本流に建設されたダムとしてはエジプトのAswan Highに次ぐ大規模ダムである。

表1には堤高、堤長の他に堆砂率も示している。スーダン領内のダムの堆砂率に注目すると、Sennarダム(60%)、Khashm el Girbaダム(54%)、そしてRoseiresダム(34%)の順になっている。これらの3つのダムに共通することは水源がエチオピアにあること、いずれも青ナイル川とアトバラ川流域に建設されたダムであり、しかも比較的古いダムとなっている。青ナイル川とアトバラ川は標高3000mクラスのエチオピア高原に水源を有しており、スーダン国境付近の平野部に到着するまでには峻険な渓谷を流下し、この過程で大量の土砂をスーダン領内に運搬している。これに対して、白ナイル川に建設されているJebel Auliaダムは1937年に建設されているにもかかわらず、堆砂率はゼロ%(恐らく実態はゼロではない)となっている。これは白ナイル川の河床勾配が非常に緩やかであり、地質学的に青ナイル川やアトバラ川のように大量の土砂の流失する軟弱地盤が少ないためと考えられる。

通常多くの途上国におけるダムは厳重な警備の対象であり、常に武装した兵士がダムを監視している。これはスーダンも例外ではなく、そのような中、政府関係者と現場に出向き、写真を撮影する作業は大変な緊張を要する。以下は著者が現場に出向き撮影した写真と調査できなかったダムについては文献検索で把握した5基のダムの特徴である。

2-1-2. 青ナイル川のダム

(1)Roseiresダム

Roseriesダムは1966年に建設された発電と洪水対策を目的とした比較的古いダムであり、Meroweダムが完成するまではスーダン最大のダムであった。このダムは青ナイル州の州都であるダマジンに建設されており、首都のハルツームからは約360km南東方向に位置する。青ナイル州は東部でエチオピアと隣接しており、州都から150kmで国境に接しているものの、ダムサイトの標高は464m程度となっている。Roseriesダムの発電能力は280MWであり、Meroweダムが完成するまではスーダンで最大規模の発電能力を維持してきた。

このダムのオリジナルの堤高は60m、堤長はスーダン最大の13000mであった。しかしながら、2008年4月にスーダン政府は中国水電力公社(CWE)と契約を結び、ダムの貯水量を2倍にするための「嵩上げプロジェクト」を実施し、このプロジェクトは2013年3月に完成した。その結果、堤高が68m、堤長は24410mとなった。本プロジェクトはRoseriesダムの堆砂量が急激に上昇していることから、ダムの嵩上げによって有効貯水量を確保するために実施されたものである。

写真1.嵩上げ工事中のRoseires ダムの様子   写真2.衛星写真(出典:Google Earth)
写真1.嵩上げ工事中のRoseires ダムの様子   写真2.衛星写真(出典:Google Earth)
(2)Sennarダム(重力式コンクリート・ロックフィルの複合ダム)

Sennarダムは1925年に建設されたスーダン最古のダムである。このダムの最大の目的は灌漑用水の確保であり、この他に、発電(15MW)と洪水対策がある。Sennarダムは青ナイル州に建設されているRoseiresダムの下流約170kmのSennar州に位置しており、堆砂率は60%と非常に高くなっている。このダムでは1925年から2010年までの85年間に60%の堆砂率であり、これは年平均約0.7%堆砂していることになる。この割合で堆砂が続くと仮定するならば、Sennarダムは何も対策を講じない場合、建設から143年後の2068年には完全に土砂で埋没することになる。ただし、これはあくまで計算上の話であり、恐らく上流のRoseiresダムの嵩上げ工事が完了したことから、このダムへの土砂の流入はこれまでより削減され、ダムの寿命はさらに延びるものと考えられる。

Sennarダムには衛星写真からも明らかなように、ダムの左岸に2本の大きな灌漑用の取水施設が建設されている。実際に現地を訪問すると2本の取水堰に流入している水量は目視で青ナイル川の50%に相当する程膨大な量であることがわかる。このダムで取水された灌漑用水は下流約150kmの区間に豊富な農業用水を供給しており、この地域はスーダンで最大規模の灌漑農業地帯となっている。また、白ナイル川と青ナイル川に挟まれた大穀倉地帯は衛星写真でも鮮明に確認することができる。つまり、スーダンが豊かな農業国として世界的に認知されている最大の要因は、Sennarダムから取水された青ナイル川の灌漑用水の恩恵によるものである。

Sennarダムの堤長は3025mであり、その上を鉄道と道路が走行できる構造になっている。ただし、鉄道は既に廃線となっており、現在は道路のみの利用となっている。道路の幅員が3m程度であることから、この堰堤道路は一方通行であり、常に混雑し、最低でも30分程度は待機する必要がある。85年前に建設されたダムの設計時において、現代のような車社会は想定外であり、この交通渋滞は当面続くであろう。この問題を回避するために63km上流のセンナール州の新しい州都であるシンジャに本格的な橋梁が建設された。また、このダムの下流の5km地点には中国の援助で橋が建設中である。

写真3.Sennar ダムの様子 写真4.衛星写真
写真3.Sennar ダムの様子 写真4.衛星写真

2-1-3. Jebel Auliaダム

首都ハルツームの南方約40kmの白ナイル川にJebel Auliaダムは建設されている。アラビア語でJebelとは山を意味し、ダムの名前が示すとおり、このダムは白ナイル川右岸のAulia山を基点に建設されている。白ナイル川は青ナイル川に比べて河床勾配が緩やかであり、しかも峡谷が殆ど存在しないことから、自ずとダム建設の適地は限定される。そのような中、Jebel Auliaダムが残丘であるAulia山近辺に建設された理由は白ナイル川の右岸が硬い岩盤地帯であったこと、ダム建設に必要な骨材が周辺から入手可能であったこと等によるものと考えられる。

このダムは1937年に建設され、スーダンでは2番目に古いダムである。また、スーダンの大規模ダムとしては最も堤高が低く、22mとなっている。しかしながら、白ナイル川本流に建設されていることから、22mの堤高であっても、ダムの上流側には広大な湖が形成されており、しかも水平線さえ見えるほどの規模である。更に驚くべきことは僅か6mの落差を利用して30.4MWの発電が行われていることである。この能力はSennarダムの発電能力の約2倍である。堤高がSennarダムの半分でありながら、発電能力が2倍であることは特筆すべきことである。また、このダムによって白ナイル川の河床勾配がさらに緩やかになったことから、上流のジュバ(南部スーダンの首都)からの河川交通が活性化することになった。このため、スーダンの河川交通は白ナイル川が主体となり、白ナイル川沿岸には多くの河川港が立地している。

Jebel Auliaダムは比較的警備が緩く、また、ハルツームに近いことから観光や釣りに訪れる客がいる。このダムの全景をAulia山から撮影することも可能である。ただし、ダム中央部の発電施設周辺の警備は非常に厳しく、身柄を拘束されないためには政府関係者の同行と事前の許可を得た上で撮影することをお勧めしたい。

写真5.Jebel Aulia のダム全景 写真6.Jebel Aulia のダム湖、水平線が見える
写真5.Jebel Aulia のダム全景 写真6.Jebel Aulia のダム湖、水平線が見える

2-1-4. Khashm el Girbaダム

Khashm el Girbaダムは、スーダン東部のゲダレフ州とカッサラ州の境に位置しており、南北に細長いダムである。このダムは、ナイル川の最北端の支流であるアトバラ川に建設され、スーダンが独立した1956年から8年後の1964年に完成した。ダムの目的は灌漑が主体であり、この他発電(17.8MW)及び洪水対策となっている。衛星写真からも明らかなように、ダムの左岸に灌漑用水の取水堰が1本建設されていることがわかる。この水路は灌漑目的のみならず約30km下流のニューハルファ市に貴重な飲料水を供給している。ただし、雨季のアトバラ川の濁度は極めて高く、浄水場の周りには沈殿除去された粘土やシルトが大量に排出されている。

Khashm el Girbaダムの建設場所は固い岩盤地帯の峡谷にあり、その意味においてはスーダンの大規模ダムの中でも最適な場所にダムが建設されたと言える。しかし、アトバラ川は青ナイル川と同様エチオピア高原に水源があり、上流から大量の土砂が運搬される。その結果、このダムは46年間で54%の堆砂率となっている。これはSennarダムのほぼ2倍のスピードであり、計算上は建設から85年の2049年でダムが土砂で満杯になる。ただし、上流側のエチオピアは、中国企業の協力を得て、アトバラ川の支流であるタカッゼ川にアフリカ最大規模のアーチ式ダム(堤高188mで黒部ダムとほぼ同じ)となる。 Tekezeダムを2009年に完成させた。このダムの建設がどの程度スーダン側に影響を及ぼすかは全く不明である。なぜならばTekezeダムは300MWの発電のみを目的としており、灌漑に使用するわけではなく、発電後の水はそのままスーダンに流されることになっているからである。また、スーダン領内のアトバラ川には、現在、中国の支援によってUpper Atbara and Setitダムが建設中であり、このダムは2016年に完成予定である。

写真7.Khashm el Girba ダムと灌漑水路   写真8.衛星写真
写真7.Khashm el Girba ダムと灌漑水路   写真8.衛星写真

2-1-5. Meroweダム

ハルツームからエジプトのAswan Highダムまでの区間には6ヶ所の早瀬があり、第1早瀬にAswanHighダムが建設されている。そしてスーダン最大のMeroweダムは第4早瀬にダムサイトがあり、2004年に工事を開始し、2009年3月に完成した。僅か5年で大規模なダムを完成させたことに対して、多くの日本人は理解できないことだろう。このダムは堤高67m、堤長9000m、発電能力が10基のタービンで1250MWとなり、このダムの完成によってスーダンの水力発電能力は4倍近くも向上し、その結果スーダン国民は勿論、私達のプロジェクトや生活に安定した電気が供給可能となった。事実、ダムが完成する前の2008年までは首都のハルツームでさえ停電が頻発していたが、現在はその頻度が非常に少なくなっている。

次にこの大規模ダムの費用負担について説明する。スーダンは西側先進国の経済制裁を受けていることから、当然それ以外の援助機関に依存することになる。表2に示すように、ダム建設費用の総額1200百万ユーロの内、スーダン政府が400百万ユーロ(全体の33%)を負担している。そして、最も注目れるのが中国の資金である。中国は全体の20%に相当する240百万ユーロを中国輸出入銀行経由で支援している。中国以外では全てアラブ関連基金となっている。

表2. Meroweダムの費用負担
No.援助機関名百万ユーロ割合
合計1,200100 %
1 中国輸出入銀行24020 %
2アラブ経済社会開発基金13011 %
3サウジ開発基金13011 %
4オマーン開発基金13011 %
5アブダビ開発基金857 %
6クウェートアラブ経済開発基金857 %
7スーダン政府40033 %

ダムの費用負担では西側先進国の名前は全く出てきていない。ただし、実際の受注企業に着目すると、常連の中国国際水利電力公社がダム本体工事を、ダムの施工監理については何とドイツのコンサルティング会社が、そして発電機とタービンの納入と据付ではフランスの企業が受注している。このようにヨーロッパの企業が経済制裁等に臆することもなく、スーダンで大型案件を受注していたということは驚きである。

Meroweダムの建設によって、スーダン全体に安定した電力の供給が開始され、輸出できるほどの余剰電力が出てきている。このような大きなメリットがある反面、このダムの建設によって5.5万人から7万人の住民の移転が発生したとの報告がある。この人数を多いと見るか少ないと見るかは意見が大きく分かれると思われるが、確実なことは多くの住民は古来よりナイル川沿いの肥沃な地域で伝統的な農業を営んでいたにもかかわらず、政府から提供された代替地が農業に不適であったことである。

Meroweダムの下流に位置するメロウエ市にはスーダンで唯一の世界遺産であるピラミッドが数多く建設されており、訪問客は少ないながらもスーダンでは有数の観光スポットになっている。写真9と写真10に雨季のMeroweダムの写真を示す。ダム湖は上流の青ナイル川とアトバラ川の影響を受け茶褐色であり、しかも、大量の濁水が猛烈な水しぶきを上げながら排出されており、改めてMeroweダムの壮大さに驚かされる。これは雨季の期間中のことであり、乾季にダム湖の水面が神秘的なスカイブルーに変化する日も近いであろう。

写真9.Merowe ダムとダム湖 写真10. Merowe ダムから放流される大量の濁流
写真9.Merowe ダムとダム湖 写真10. Merowe ダムから放流される大量の濁流
写真11.スーダンのダム現場に中国の看板は常識 写真12. 住民移転の水没村落分布図
写真11.スーダンのダム現場に中国の看板は常識 写真12. 住民移転の水没村落分布図