モロッコの水物語
(その実態に迫る)
元JICA専門家 上村三郎 (技術士)

-2.Khettara

私がモロッコで最初にKhettaraを調査したのは199912月のことであった。大学で自然地理学を専攻した私は、地下水学の講義を通して、中近東を始め世界中に伝統的な地下水の取水施設が分布しており、その名称や施設構造及び建設された時代が大きく異なっている等ある程度の専門的な知識は有していた。しかしながら、私はモロッコに赴任するまで、約20年近くこの種の施設に高い関心を示すこともあるいは調査する機会さえも無かったのである。

199911月にJICAの専門家としてモロッコに赴任した私は、日本大使館からの要請を受けて、モロッコ南部地方における「草の根無償」の要請内容確認調査の機会を得た。場所はその殆どがアンチアトラス山脈に点在する村落であり、これらの村落からは飲料水供給と灌漑水路の改修計画が要請されていた。Khettaraはその両方を目的としており、この水路の改修は限られた水源しか存在しない村落にとっては極めて重要なものであり、自費でまかなえない地下部分の工事を草の根無償で対応する計画であった。規模はそれ程大きくは無いものの、地下の水路に入ってみると冬でも高温多湿であり、更に驚いたことには水路の中に体長20cm程の魚が泳いでいたことであった。

翌年の20005月になると今度は高円宮御夫妻のモロッコ訪問時期を控え、日本大使館もJICA事務所もその受入準備に奔走していた。そこで私は担当者よりエルラシーディア方面に伝統的な地下水路が数多く分布しており、このような施設も高円宮御夫妻の視察候補地となっているとの話を伺った。その時に手渡された資料を目にした私は、これ程数多くのKhettaraがモロッコに存在していることをはじめて知り、大変感動した。そして、早々に大学の後輩である千葉大学の濱田助教授とアトラス山脈東部を1週間かけて調査することとなった。

調査の結果、570本あるKhettaraの内、まともに機能しているものが191本であり、殆どの施設が涸渇し放棄されている事が判明した。この現状を何とか改善する方法を模索した結果、開発調査の新規案件として日本に要請すること、また、緊急性の高い5本の施設を草の根無償で対応する方向でモロッコ側と合意した。開発調査は2002年から開始され、200510月に業務を完了し、その成果は既に最終報告書に取りまとめられている。伝統的な施設であるがゆえに、水利権を含む様々な慣習が存在し、施設を部分的に改修し水量を増加させることは可能ではあるものの、それをどのように有効活用するべきか、あるいは降水や洪水をはじめとする自然涵養量と施設への浸透量をどのように解明すべきか、まだまだ多くの課題があることも指摘されている。しかしながら、日本の開発調査でこの種の歴史的、伝統的な施設を長期に調査した事例は非常に少なく、この開発調査はその意味においては先進的なものであった。そこには、最先端の手法や工法を最優先してきたこれまでの援助のあり方に別の視点を加えると共に、途上国に根付いた伝統的な技術や施設を再評価するこれまでとは違った柔軟な発想が根底にあったのである。

とかく援助の世界においては、息の長い協力よりも短期間である程度の成果が出やすい案件が優先されやすい傾向にある。しかしながら、いかなる案件であっても最終的には援助を受ける側の国民が施設や機材を自らの責任と費用によって持続的な活用を図ることが大前提である。このような条件を考慮すれば、当該国に根付いている伝統的な施設や維持管理方法に最先端の技術を融和させた手法も、対象国の自立発展性の観点から検討に値すると考えている。

 

写真-23.上空から見たKhettaraとその内部の様子


-8.Khettaraの模式断面図(出典:開発調査報告書)


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