モロッコの水物語
(その実態に迫る)
元JICA専門家 上村三郎 (技術士)

4.伝統的取水施設

-1.マトフィーア(Matefia

  長い歴史を有するモロッコには伝統的な取水施設が数多く存在し、この分野の研究者にとっては可なり刺激的な国でもある。具体的には、雨水を貯水するためのマトフィーア、地下水路であるKhettara、手堀の井戸、Seguiaと呼ばれる灌漑水路、この他水車等がある。今回は、これらの各取水施設の中でも、日本人にはあまり馴染みの無い、マトフィーアについて報告する。

  モロッコのマトフィーアの起源は古代ローマ時代まで遡るとされており、その歴史は可なり古い。また、フランスの保護領時代には大小さまざまな施設が建設され、水源に恵まれていない山岳部の村落へ生活用水を供給することに貢献してきた。1988年に保健省が実施した調査によれば、マトフィーアから生活用水を受けている住民の82%が山岳部に住み、18%のみが平野部であることが確認されている。

 

写真-22.マトフィーアの全景と黄濁色した水

 

私が最初にモロッコ南部にマトフィーアが数多く存在していることを地方水利局のカウンターパートから教えられたのは1995年のことであった。彼は山岳部での水源開発が困難な地域においては伝統的な雨水貯水施設であるマトフィーアを再評価し、有効活用する必要性を力説していた。私も、大規模なマトフィーアを調査した結果、その重要性を認識し、この施設にハンドポンプを設置すれば、水汲み労働の軽減と施設の衛生改善に寄与すると考えて、平成8年度の地方飲料水供給計画にて59台のハンドポンプを導入する設計を行なった。しかしながら、この発想は折からの長期的な旱魃で、結局マトフィーアに雨水が溜まることも少なく、最終的な案件の評価対象機材からは除外せざるを得なくなった。

  2度目の調査は20004月に訪れた。この年はモロッコ全体で大規模な旱魃が続いており、大使館に草の根無償で15台の給水車の要請が出されていた。これらの給水車はモロッコ南部の山岳部のコミューンから要請されたものであり、その背景を調査することとなった。ここで確認されたのは、厳しい旱魃下でありながら、民間の給水車から高額で水を購入せざるを得ない村落の実態であった。もともと、水源に恵まれていない山岳部の村落においては、旱魃によって井戸と各戸に設置されているマトフィーアは既に枯渇していた。そのような中、住民は遠くの水源から水を運んでくる民間の給水車のサービスに対して、通常の3倍もの高額な水購入費用を支払っていたのである。また、折角購入した飲料水を十分清掃していないマトフィーアに貯水するために、その水は大腸菌等で汚染されてもいた。

  マトフィーアは短期集中的な降水が特徴である乾燥地帯の山岳部に適した雨水貯水施設である。しかしながら、これらの雨水は当然施設の周辺から様々な汚染物質(主体は家畜の糞尿)をも同時に混入したままの濁流状態で貯水されることになる。そして、住民は何日もかけて濁水が清水になるまで待ち続け、それを飲料水として利用するのである。表面上はきれいな飲料水であっても、その実態を分析すれば、物理化学的な項目では問題ないものの、大腸菌やレンサ球菌などの生化学的に問題となる危険な細菌が大量に発生しているのであった。

  モロッコで地方給水計画が予定どおりに進展しない最大の原因は、山岳地帯における水源開発が非常に困難なことが挙げられる。地下水はどこでも簡単に開発できるものではなく、特に水理地質学的に条件の厳しい山岳部に井戸を建設し、恒久的な水源とするためには多大な時間と労力及び経費が必要となる。このようなモロッコの山岳部の現状においては、歴史的な給水施設であるマトフィーアを再評価し、より衛生的な飲料水を貯水するための技術的な改善が求められている。果たして、どのような施設が村落住民に対する必要十分条件を満たすことが出来るのか専門家としての思案の日々が続いている。

 


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