モロッコの水物語
(その実態に迫る)
元JICA専門家 上村三郎 (技術士)

-2.Tata温泉

 秘湯という言葉には何となく神秘的で、旅心をくすぐるものがあり、日本には秘湯めぐりを趣味にしている人が多いとも聞く。今回紹介する温泉は恐らくモロッコ在住の日本人には全くその存在さえ知られていない、モロッコ南部Tata県のアンチアトラス山脈の山中にあり、将に文句なしの秘湯である。

Tataはモロッコ人のカウンターパートでさえ決して喜んでは行きたがらず、ましてやここを訪問する日本人はごく少数である。それは、夏の猛暑、砂嵐に加えて、冬場の強風と寒さ等の厳しい自然環境が背景にある。このような山間僻地に地方飲料水供給計画の対象村落は点在しており、私は20053月に、Tata10村落の調査を実施するために短期専門家2名とこの場所を訪れた。  Tamsoulte村はTaroudantからTataに向かう国道109号線を約2時間走行した後、更に未整備の河床に轍だけある道路を1時間北上したアンチアトラス山脈の谷沿いにある小さな集落である。3月のTataは冷たい北風が吹き荒れ、調査中何度も発電機のエンジンを稼動しては冷え切った手を温めたものである。このような調査団の様子に同情を示した村長が、この村には温泉があり、作業終了後是非案内したいと申し出てくれた。この言葉によって、私達の士気は大いに高まり、調査後多大なる期待を持って温泉に向かった。

 温泉は集落の中心部から200mほど高い谷間にあり、徒歩でようやく温泉の入り口までたどり着いた。そこは、渓谷の左岸に小さな入り口だけがある何とも不思議な場所であった。さらに、入り口から階段を下りてみると内部は暗くて何も見えず、調査用のサーチライトで照らしながら一人ずつ洞窟に入った。確かに気温・湿度とも急激に上昇し、冷え切った身体が徐々に温まってきた半面、メガネは完全に曇ってきた。そして、遂に黄金色に輝く「岩風呂温泉」の全貌が目の前に現れたのである。その規模は奥行き5m、幅2m、高さは1.5mの大きさであり、中央部に水路状の「温泉」が奥より流れ出ていた。私は胸のときめきを押さえきれず、早々に水質を分析した。水温は30度であり、十分温泉の定義である25度を超えていた。目が慣れてくると内部の様子がより明確となってきた。洞窟の平らな場所には燭台があり、ここに蝋燭を立てて、恐らく数人で温泉に浸かるのであろう。また、別の場所には石鹸やブラシも置いてあった。

  
写真-19.村長自慢の温泉とその入り口と内部での水質分析の様子

 

Tataの岩風呂温泉は確かに小さく、人工的改造は何もなされていない実に素朴な温泉であった。いかに温泉好きの日本人とは言え、はるばるTataの辺鄙な村まで時間をかけて足を運ぶ人は少ないであろう。しかしながら、私はこの温泉が村落住民にとって、冬場の厳しい寒さを乗り切るためにどれ程重要な施設であるかを、その内部の使いこなされた様子を見て十分認識する事が出来た。



温泉の基本データ:水温=30℃、pH=7.01 電気伝導度=2,860μS/Cm

濁度=8、溶存酸素=1.26、塩分濃度=0.14


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