地球システム科学

【プロジェクト】ブータンヒマラヤ氷河湖決壊洪水に関する研究

地球規模課題対応国際科学技術協力
Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development (SATREPS)

氷河湖決壊洪水とは?

 標高7000メートルを超えるヒマラヤ山脈を背後に抱えるブータン国では、近年の気候変動・地球温暖化の影響を受け、年々氷河が縮小・後退していっています。氷河の末端には氷河が削ってきた『モレーン』と呼ばれる岩屑の高まりがありますが、氷河が後退することによって、『モレーン』背後に巨大な池『氷河湖』が形成されるのです。

 モレーンはそもそも岩屑の丘に過ぎないので、湖水へ土砂崩れや氷河崩落等のちょっとしたきっかけによって、簡単に破壊されてしまい、膨大な量の洪水と土石流を下流地域にもたらします。これが『氷河湖決壊洪水』です。ブータンで1994年に発生した氷河湖決壊洪水では、90キロメートル下流の町を洪水が呑み込み、21名の尊い人命が失われました。


地球温暖化適応策のための新しい取り組み

 このような地球規模でその解決が求められる課題に対して、JST(日本科学技術振興機構)とJICA(国際協力機構)の共同研究プロジェクトが開始され、その第一回募集課題として、『ブータンヒマラヤにおける氷河湖決壊洪水に関する研究』が採択されました。

   氷河湖決壊洪水は、標高4000メートルを超える極地で発生するため、氷河湖がなぜ形成されるのか、どのような氷河湖が危険なのか、決壊によりどのような災害が想定されるのか等、多くの部分が未解明のままです。㈱地球システム科学では、名古屋大学JAXA(宇宙航空研究開発機構)、そのほか様々な大学・研究機関と共同して、氷河湖決壊洪水の課題解決に向けた研究を行っています。


キャラバンによる現地調査

 氷河湖はヒマラヤ山脈の奥地に分布しており、特に、我々が研究対象としたマンデチュー川流域では、標高5,000メートル以上の地域に分布しています。さらに氷河湖に到達するまでには、何日もかけていくつもの峠を越えていかなくてはなりません。高山病との戦いになります。現地調査では、約1ヵ月半の行程の中、約100頭の馬・ヤク、現地ガイド、医療スタッフ、コックが同行しました。

 調査期間も限られています。モンスーン(雨期)が明けて、かつ積雪がない9月~10月のみが唯一の調査可能なフィールド・シーズンとなります。雨期を通じて、道は随所で崩れているので、そのたびに足止めされます。ブータン人も我々調査チームも、みんなで道を補修しながら進んでいきました。


物理探査によるモレーン・ダム内部構造の解明

 前に述べたように、モレーン・ダムは岩屑よりなる丘陵です。モレーン・ダムの決壊の可否を検討するためには、ダム堤体内部の地盤構造を把握する必要があります。また、モレーン内部には融け残った氷体が存在している可能性もあり、ダムの安定性に大きく影響します。

 地盤調査と言えばボーリング調査ですが、5,000メートルを超える高地に数百キロにもなる資機材を持っていくわけにはいきません。そこで活用されるのが各種の物理探査手法です。

 地盤工学・地下水開発分野において物理探査の豊富な経験をもつ弊社技術者が、ブータン人スタッフへのOJTを兼ねて、対象モレーン・ダムにて、比抵抗二次元探査、微動アレイ探査、自然電位探査等の物理探査を実施し、内部構造の解明を行いました。
             ※参考:ブータン国新聞『KUENSEL』より⇒PDFファイル


ダム決壊モデルと氾濫シミュレーション

リモートセンシングにより抽出された高解像度の地形データ、ボートによる湖底地形調査結果、物理探査結果を吟味して、過去の決壊洪水事例を再現することにより、対象となるモレーン・ダムの決壊モデルを構築します。さらに、決壊モデルにより得られた出力データは、河道に投入し、河川沿いの氾濫シミュレーションに用います。

 ブータンの古い集落は、川から離れた高い山腹に点在していますが、道路の開通によって発展した新しい集落は、河岸の洪水リスクの高い場所に立地しています。こうした高リスク集落の減災、防災啓発のため、氷河湖決壊洪水ハザードマップを作製し、地方行政やコミュニティ、小中学校での住民説明を行いました。


社会調査に基づく早期警戒システムの提案

 ブータンは、およそ日本の九州と同じくらいの国土面積です。対象としたマンデチュー川流域はそのごく一部です。決して大きくない流域ですが、その中に点在するコミュニティの氷河湖決壊洪水に対する脆弱性は、社会的側面や自然条件等から様々であることが分かってきました。

 マンデチュー川下流のシェムガンという県では、他の地域と比較して世帯所得も低く、テレビやラジオ、電話といった、情報端末の普及が遅れています。その結果、氷河湖決壊洪水の認知度も他の地域と比較して著しく低く、住民は、コミュニティが置かれているリスクを知る機会に乏しいのが現況です。  流域の防災体制を強化するためには、情報通信・早期警戒をどのように展開・普及していくかが重要となります。本研究ではこれらをまとめて早期警戒システム提案書としてブータン政府に提出しました。


ブータン国の自立的研究能力向上に向けて

 この研究事業の特徴の一つは、単に研究事業ということではなく、日本のODA(政府開発援助)資金を活用した技術協力プロジェクトでもあるということです。したがって、本研究内容をブータン国が今後自立して計画・実施していくための技術協力が求められています。

 弊社では、特に物理探査や洪水解析等の技術移転を担当しました。これらはいずれも氷河湖決壊洪水のみならず、洪水・土砂災害に対し脆弱なブータンにおいて、幅広く実務に活用されていくことが期待されます。移転された技術および供与機材は、現在も国内各地の地すべり調査などでフル稼働しています。

 氷河湖決壊洪水は、今回対象としたマンデチュー川流域だけでなく、国内のほとんどの主要河川においてその危険性が指摘されています。本研究で移転された研究能力・技術が、ブータン国の減災に結びついていくことが期待されます。